百韵・苦學十六年,吟得四萬首詩詞  2013.06.02 -40000

   老骨爲騷客,     老骨 騷客(詩人)となり,
   苦學十六年。     苦學 十六年。
   吟得詩四萬,     吟じ得たる詩は四萬,
   啜盡盞八千。     啜り盡したる盞は八千。
   美酒滌腸肚,     美酒 腸肚を滌ぎ,
   醇醪洗肺肝。     醇醪 肺肝を洗ふ。
   醉魂張羽翼,     醉魂 羽翼を張り,
   綵筆走雲箋。     綵筆 雲箋を走る。

   正旦屠蘇酒,     正旦 屠蘇の酒,
   茅廬献壽筵。     茅廬 献壽の筵。
   荊妻化妝淡,     荊妻 化妝は淡く,
   野叟醉顔鮮。     野叟 醉顔は鮮やかなり。
   默默傾清聖,     默默として清聖(清酒)を傾け,
   悠悠佯散仙。     悠悠として散仙の佯(ふり)をす。
   曲肱堪午枕,     肱を曲げれば午枕に堪へ,
   瞑目擅鼻鼾。     瞑目して鼻鼾をほしいままにす。

   碧漢浮輕舸,     碧漢(銀河)輕舸を浮かべ,
   白頭泛清漣。     白頭 清漣に泛かぶ。
   風入行衣軟,     風は行衣に入りて軟らかく,
   日照嫩晴暄。     日は嫩晴に照りて暄なり。
   同伴嫦娥望,     同伴せし嫦娥の望むは,
   可惜春色妍。     惜しむべき春色の妍なるなり。
   櫻雲流靉靉,     櫻雲 流れて靉靉として,
   艷雪舞翩翩。     艷雪 舞って翩翩たり。

   河岸花星散,     河岸に花は星と散り,
   水心人瓦全。     水心に人は瓦全たり。
   紅唇含笑勸,     紅唇 笑みを含んで勸むれば,
   丹液滿杯甘。     丹液 杯を滿たして甘し。
   乘興押風韵,     興に乘って風韵を押し,
   寓情于景觀。     情を景觀に寓す。
   飛聲作啼鳥,     聲を飛ばして啼鳥となり,
   吟句伴鳴絃。     句を吟ずるに鳴絃を伴ふ。

       水心:流れの中心。
       瓦全:つまらない瓦となって残る。無駄に生きのびる。

   西送金烏落,     西に金烏の落つるを送り,
   東迎銀兎圓。     東に銀兎の圓(まどか)なるを迎ふ。
   黄昏到津渡,     黄昏 津渡に到り,
   青眼這飛船。     青眼 飛船を這(むか)ふ。
   旅館無塵慮,     旅館に塵慮なく,
   腰包有酒錢。     腰包に酒錢あり。
   對酌花貌艷,     對酌したる花貌 艷にして,
   浩飲皺顔談。     浩飲したる皺顔 談ず。

       飛船:船足の速い船。また、宇宙船。腰包:腰につける巾着。
       皺顔:皺だらけの顔。老人。

   回憶生涯苦,     回憶す 生涯の苦,
   宦游窮僻閑。     宦游したる窮僻の閑。
   鳳雛學漢字,     鳳雛 漢字を學び,
   麟子看書傳。     麟子 書傳を看(よ)む。
   立志晋京邑,     志を立てて京邑へ晋(すす)み,
   待機彈鉄冠。     機を待ちて鉄冠を彈く。
   揚眉且強志,     眉を揚げてまさに志を強くせんとし,
   受命欲圖南。     命を受けて圖南せんとす。

       窮僻:さいはての地。京邑:京都。
       鉄冠:剛直なる官吏の冠。
       彈冠:冠の塵を払って出仕の準備をする。

   正色將結綬,     色(顔色)を正してまさに綬を結ばんとするに,
   愛民宜養廉。     民を愛し宜しく廉(廉潔)を養ふべし。
   精勤惜短日,     精勤して短日を惜しみ,
   清痩似長杉。     清く痩せて長き杉に似る。
   拂曉期昇等,     拂曉 期するは昇等(昇進),
   戴星疲下班。     戴星を戴き 疲れて下班(退勤)す。
   城狐求利益,     城狐 利益を求め,
   社鼠齧王權。     社鼠は王權を齧る。

   飲酒滌腸肚,     酒を飲んで腸肚を滌(あら)い,
   憂國爲諫官。     國を憂いて諫官となる。
   秀才頻殉義,     秀才しきりに義に殉じ,
   奇士屡失言。     奇士しばしば失言す。
   一日爲謫宦,     一日 謫宦となり,
   三秋遠日邊。     三秋 日邊より遠し。
   早春無世務,     早春に世務なく,
   隔日問梅園。     隔日 梅園を問(たず)ぬ。

       謫宦:流刑の臣下。日邊:帝王の周辺。

   曲徑隨風進,     曲徑 風に隨いて進めば,
   横枝綴玉闌。     横枝 玉を綴って闌(たけなわ)なり。
   暗香流野店,     暗香 野店に流れ,
   雅客在桃源。     雅客 桃源にあり。
   緑酒芳樽盡,     緑酒 芳樽に盡き,
   黄鶯空谷遷。     黄鶯 空谷へ遷る。
   暮愁風寂寂,     暮愁 風は寂寂として,
   醉臉涙潸潸。     醉臉 涙 潸潸たり。

   朱夏多閑暇,     朱夏に閑暇多く,
   碧湖投釣竿。     碧湖に釣竿を投ず。
   垂綸玩細浪,     綸を垂れて玩ぶ細浪(さざなみ),
   盡日洗魚筌。     盡日 魚筌を洗ふ。
   鏡水鱗鱗映,     鏡水は鱗鱗として映ず,
   夕霞炳炳延。     夕霞の炳炳として延びたるを。
   歸途沈脚歩,     歸途に脚歩を沈め,
   門口仰孤蟾。     門口に孤蟾を仰ぐ。

       沈脚歩:足取りが重い。

   短夜無香夢,     短夜に香夢なく,
   長居聽杜鵑。     長居に杜鵑を聽く。
   清晨終悔過,     清晨 ついに悔過し,
   平午欲參禪。     平午 參禪せんとす。
   曳杖登石磴,     杖を曳いて石磴を登り,
   敲門對褊衫。     門を敲いて褊衫(僧侶)に對す。
   上堂求印可,     堂に上って印可を求め,
   虚己坐香蓮。     己れを虚しくして香蓮に坐す。

   解悶無良策,     悶えを解くに良策なく,
   念經紛亂蝉。     經を念ずるも亂蝉に紛(まぎ)る。
   飛聲鳴碧宇,     聲を飛ばして碧宇に鳴き,
   盡力落蒼巖。     力盡きて蒼巖に落つ。
   老叟求佳配,     老叟 佳配を求め,
   好逑違宿縁。     好逑 宿縁に違ふ。
   低迷不能忘,     低迷して忘る能はず,
   懊惱自矜憐。     懊惱して自らを矜憐す。

   徑路通塵界,     徑路は塵界へ通じ,
   酒旗催苟安。     酒旗は苟安を催(うなが)す。
   紅亭夕暮借,     紅亭の夕暮に借る,
   朱臉醉郷霑。     朱臉の醉郷に霑ふを。
   清聖催靈感,     清聖 靈感を催し,
   吟翁聳痩肩。     吟翁 痩肩を聳やかす。
   月明蛩雨洗,     月明るく蛩雨は洗ふ,
   人撰韵脚先。     人は撰ぶに韵脚を先とするを。

   拂面新涼好,     面を拂(な)でて新涼好し,
   飛聲吟歩寛。     聲を飛ばして吟歩寛なり。
   斷章乘興詠,     章を斷ち興に乗って詠ずるに,
   摘句擬唐完。     句を摘み唐に擬して完(まっとう)す。
   却老舌流暢,     老いを却(しりぞ)けて舌は流暢,
   如斯話尚連。     斯くのごとく話なお連ぬ。
   通宵傾緑酒,     通宵 緑酒を傾け,
   向曙仰青天。     向曙 青天を仰ぐ。

       向曙:破曉。

   積氣蒙溟海,     積氣 溟海を蒙(おお)い,
   明星疎曉山。     明星 曉山に疎なり。
   鷄鳴破春夢,     鷄鳴いて春夢を破り,
   人醒起茅庵。     人醒めて茅庵に起く。
   神媛乘雲去,     神媛(仙女)雲に乘って去り,
   老骸傷感瞻。     老骸 感を傷(いため)て瞻(みあ)ぐ。
   蒼穹飛過雁,     蒼穹に過雁飛び,
   白首動吟髯。     白首 吟髯を動かす。

       積氣:積み重なった大気、天。

   重振精神坐,     精神を重ねて振って坐し,
   再興醉夢殘。     再興す 醉夢の殘(そこな)はれしを。
   明窗机案淨,     明窗に机案 淨らかに,
   暗恨道心曇。     暗恨に道心 曇る。
   吐氣排幽悶,     氣を吐いて幽悶を排し,
   吸風愛自然。     風を吸って自然を愛す。
   游魂携筆墨,     魂を游ばするに筆墨を携え,
   浮想跨瀛寰。     想を浮かべて瀛寰を跨ぐ。

       重振精神:気をとり直す。

   獨坐飛機伴,     獨り坐る飛機(飛行機)の伴ふは,
   群翔羽客環。     群れ翔んで羽客の環(めぐ)りをるなり。
   巴黎華館聳,     パリに華館聳え,
   倫敦古城堅。     ロンドンに古城堅なり。
   羅馬尋遺跡,     ローマに遺跡を尋ね,
   北京迎玉盤。     北京に玉盤(滿月)を迎ふ。
   ■鴨眞美味,     ■鴨 眞に美味にして,     ■:火考
   老酒促香甜。     老酒 香甜を促す。

       香甜:香味と甜味。睡って心地よい状態を形容する。

   比薩瞻斜塔,     ピサに斜塔を瞻(みあ)げ,
   柏林爲酒癲。     ベルリンに酒癲となる。
   紐約吃漢堡,     ニューヨークにハンバーガーを吃(く)い,
   上海抱糟壇。     上海に糟壇(酒壺)を抱く。
   處處傾清聖,     處處に清聖(清酒)を傾け,
   頻頻作醉猿。     頻頻として醉猿となる。
   歸國醒蝶夢,     歸國すれば蝶夢醒め,
   仍舊探春烟。     仍舊(いつものように)春烟を探る。

   青柳板橋畔,     青柳 板橋の畔(ほとり),
   紅梅水驛前。     紅梅 水驛の前。
   佳人賣醇酒,     佳人 醇酒を売り,
   美祿涌清泉。     美祿(美酒)清泉に涌く。
   眼底江如鏡,     眼底(眼前)に江 鏡のごとく,
   杯中詩造端。     杯中に詩 端を造(な)す。
   舒情順聲律,     舒する情 聲律に順ひ,
   走筆似■涎。     走らす筆 ■涎(ナメクジ)に似る。  ■手偏に施-方

       造端:ものごとの最初となる。そこから始まる。

   酩酊韵脚萎,     酩酊して韵脚萎え,
   難得聲病痊。     得がたし 聲病の痊(いえ)るを。
   嘆息辭野店,     嘆息して野店を辭し,
   醉歩下河沿。     醉歩して河沿(河岸)を下る。
   高踏脱塵網,     高踏 塵網を脱し,
   低徊在墓田。     低徊して墓田(墓苑)にあり。
   歸途迷近道,     歸途 近道に迷い,
   月下歩横阡。     月下 横阡(田のあぜ)を歩む。

   露宿酒徒慣,     露宿するは酒徒の慣(ならい),
   風餐詩客歡。     風餐するは詩客の歡(よろこび)。
   九州多勝地,     九州に勝地多く,
   四海有文瀾。     四海に文瀾(文章の波瀾)あり。
   愛唱李白句,     愛唱す 李白の句,
   高吟杜甫聯。     高吟す 杜甫の聯。
   詩名垂後世,     詩名は後世に垂れ,
   瀑布挂前川。     瀑布は前川に挂かる。

   盛夏逃涼蔭,     盛夏 涼蔭に逃れ,
   旗亭借醉顔。     旗亭に醉顔を借る。
   秋來菊怒放,     秋來たれば菊は怒放し,
   老去我歸還。     老い去りて我は歸還す。
   緑蘚虫聲切,     緑の蘚(こけ)に虫聲切に,
   蒼旻雁語酸。     蒼き旻(そら)に雁語酸たり。
   清貧宜少好,     清貧 よろしく好むを少なくすべく,
   晩境數凭欄。     晩境 しばしば欄に凭(よ)る。

   游目玩湖水,     游目して湖水を玩び,
   亡羊仰暮檐。     亡羊として暮檐を仰ぐ。
   虚空彩酣紫,     虚空 酣紫(濃い紫)に彩られ,
   散士念幽玄。     散士 幽玄を念(おも)う。
   有感裁詩賦,     感ありて詩賦を裁し,
   無他佯蔽賢。     他なし 蔽賢の佯(ふり)をす。
   心中生妙想,     心中に妙想生じ,
   塵外挂孤帆。     塵外に孤帆を挂く。

       暮簷:日暮れの軒。無他:他でもなく。
       佯蔽賢:賢(徳・才能)を隠す賢者といつわる。ふりをする。

   辭海稀航路,     辭海に稀れなる航路,
   士林多剩員。     儒林に多き剩員。
   才徳失秩序,     才徳 秩序を失い,
   文藝要聲援。     文藝 聲援を要す。
   燈下時三鼓,     燈下に時は三鼓,
   茅齊詩百編。     茅齊に詩は百編。
   沈沈窗雪舞,     沈沈として窗雪舞い,
   卷卷醉眸旋。     卷卷として醉眸旋(まわ)る。

   取暖傾杯坐,     暖を取るに杯を傾けて坐し,
   祭詩擱手刪。     詩を祭るに手を擱(つか)ねて刪(けず)る。
   睡魔斟美祿,     睡魔 美祿を斟み,
   暗鬼擅欺瞞。     暗鬼 欺瞞をほしいままにす。
   幸對花容笑,     幸いにも花容の笑ふに對するも,
   未排障惱煩。     いまだ障惱(碍となる悩み)の煩しきを排せず。
   鐘聲停破曉,     鐘聲 破曉に停(や)み,
   樗叟醒三元。     樗叟 三元に醒む。

       擱手:腕をくむ。障惱:碍となる悩み。

                     (中華新韵八寒平声の押韻)